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狩人の夜 : メイキングセンス。by 中山慶太

狩人の夜

2014-07-10 | 東京レトロフォーカス別室

SONY NEX-6 / E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS / ISO3200 / (C)  Keita NAKAYAMA

SONY NEX-6 / E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS / F6.3 1/4sec. / ISO3200 / (C) Keita NAKAYAMA

「けっきょく世の中には、二種類の人間しかいないんですよ」

暗い夜道に立ったユウコ一号が、いつになく深遠な言葉を漏らす。ふだんならそんな余裕を与えず撮るのだが、この夜は三脚のセットにてこずっていた。周囲には数日前に降った雪がすこし残り、冷えきった鍛造のパイプが掌の熱を奪っていく。

「なんだ、失恋でもしたのか(脚はやはりカーボンにすればよかった)」と上の空で返事をすると、彼女はコートのポケットに入れた手をもぞもぞと動かし、「そういうんじゃないんですけど、ちょっと」と口ごもる。

僕の被写体のなかで、彼女は風変わりな娘である。なにがって、写真に興味がない。撮影に誘えばいつもふたつ返事だけれども、自分で撮ろうという気がまったくない。まあそんなひともいるだろうと、ずっと気に留めずにいたのだが、よく考えたらそれで普通だ。世の中には撮るひとと撮らないひとがいる。

僕はようやくセッティングを決め、彼女に立ち位置を指定する。写るものぜんぶにピントが来る設定にしたから、ここからこっちに来なければ大丈夫。でもなるべく動かないでね、スローシャッターだから。ええっとそれで、二種類の人間って?

彼女の話を「当たり障りなく、おおざっぱに」まとめると、世の中には犠牲をもとめる者と、犠牲になる者がいる。つまり捕食者と被食者。これは自然の摂理だが、人間どうしの場合だと、その関係性に「業(ごう)」という不条理がつきまとう。だからこそ面白く、そしてやっかいだ。

SONY NEX-6 / E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS / ISO3200 / (C)  Keita NAKAYAMA

SONY NEX-6 / E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS / F6.3 1/5sec. / ISO3200 / (C) Keita NAKAYAMA

「そういえば、昔の映画にそんな話があったなあ」「どんな話ですか」「うん、ロバート・ミッチャムが主演の白黒映画でね。フィルムノワールって、観たことないかな」「ええ、ぜんぜん」そうか、まあそうだろう。

狩人の夜」は今でこそカルト的な人気を得る作品だが、公開当時はまるで注目を集めなかった。どちらにも納得できる理由があり、それはすでに書き尽くされている。でも僕がこの映画に惹かれる理由は、そこに描かれた白と黒、光と影、つまり善悪の対立が、あきらかに後者に寄り添った世界のうえに描かれていることによる。”フィルムノワールとはそういうもの”との指摘もあるだろうが、闇にこれほどの共感を寄せた例はほかにない。

「なんか、むつかしそうな映画ですねえ。白と黒の対比で描くってことは、けっきょく”世の中には善人と悪人しかいない”って意味ですか」「いや、善悪の構図はたいして重要じゃない。ステロタイプだしね。この映画の主題はむしろ、”愛と憎しみ”にあるんじゃないかな。……しかしこの暗さだと、表情がよく見えんなあ、液晶でも」

本作にはキリスト教的な原罪と贖罪のモチーフが頻出するため、日本人には皮膚感覚として伝わりにくい面もある。だが終盤に近く、狩る側と狩られる側が共鳴し唱和する部分などには、信仰を超えた言付けを感じる。善は善なるがゆえに悪を呼び寄せ、愛を求める心こそが憎しみを生み、そして生身の肌と冷たい金属の温度差は、けっして埋まることがない。

SONY NEX-6 / E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS / ISO3200 / (C)  Keita NAKAYAMA

SONY NEX-6 / E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS / F6.3 1/5sec. / ISO3200 / (C) Keita NAKAYAMA

「なんだかんだと縁があるのに、相性の悪いひと、いますよねえ。それで女優さんは誰が出てるんですか」「リリアン・ギッシュ。無声映画時代の名優で、穢れのない役柄が多かった。まあこの映画とはべつの畑で育ったひとだね」「ははあ。西瓜と大根みたいな」いやそれはいっしょの畑に植わってるぞ、三浦半島だと。

そう、フィルムノワールといえば、ファムファタールである。会わずに死ねれば幸せ、間違って出会ってしまうと間違いなく不幸になる。そういう危険な女は、この映画には姿を見せない。登場するのは、この世の善き心をすべて背負って、悪しき者に立ち向かう老婦人。演じるギッシュは、まるで無声映画の天使がそのまま老いたようにも見える。

「監督のチャールズ・ロートンは、イギリスの舞台俳優でね。たぶん彼にとってのギッシュは、アメリカの善意というか、良心だったんじゃないかな」「犯罪映画に良心って、確かに似合いませんよね」「うん。でもロートンはそれを織り込み済みだったと思う。この映画の真の主役は、別にいるんだよ」

それはミッチャムでもギッシュでもなく、画面の多くを塗りつぶす闇のなかにいる。人間の正しさと愚かしさをすべて引きずり込むような、深く底知れぬ闇。その奥にひそむものを知ることは、誰にもそう容易くはないだろう。それは暗闇で鏡を見るようなものだから。

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制作協力:宮崎優子

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