AkARETTE & Xenar 45/2.8 ”Scratched”
雲に恵まれた午後、傷玉を持って出かける。
ボディはアカレッテ。1950年頃に西ドイツでつくられた、わりあいに珍しいカメラだ。
まあ今の世の中で「レアもののカメラ」といっても、フィルムを詰める機種はどれだってそうである。旧いカメラに路上で出くわす確率など、下手をすればライカあたりがいちばん高い。つくづく、妙な時代になったものだと思う。
そのアカレッテ、大真面目で使うのは、実はこれが初めてだったりする。入手したのはもう十年くらい前なのだが、ちょこちょこっと試し撮りをして、そのまま死蔵してしまった。そうやっていつでも使えると思っているカメラも、油断すると老い先があまり長くない可能性もある。まあそうならないよう頑張ってフィルムを通そう。
持ち出す機会に恵まれなかったのは、このカメラの成り立ちと、僕が付けているレンズの所為である。アカレッテはなかなか凝ったつくりで、スピゴット(ブリーチロック)式の交換マウントを積んでいる。レンズ鏡胴を回転させてロックをかけるバヨネットではなく、鏡胴基部のリングを回して締め付ける方式だ。
これは消防車のホースなんかに使われる機構で、バヨネットほどの加工精度を要求せず、かつ固定強度が高い。ふつうのカメラにはオーバースペックだが、このカメラへの採用はちゃんと狙いがある。
アカレッテは目測専用機。ビューファインダーは50ミリと75ミリの二種類を備えている。一個余分に付いているなんて、お得じゃないか。買った時はそう思えたのだが、使う頻度があまり高くない望遠側のファインダーを、わざわざボディ内蔵としてしまうのは、どうか。
これはたぶん「折角付けたのだから、望遠も買ってください」という、逞しい商魂の現れだろう。前述のスピゴットマウント採用も、デカくて重い望遠レンズを意識してのことに違いない。
レンズを外すと、マウントの穴を塞ぐシャッターが見える。いわゆる「ビハインドシャッター」だ。これは必ずしも理想的な配置ではないのだが、こうしないとレンズ交換の度にフィルムが感光してしまう。
この時代の同種のカメラでは、レンズとフィルムの間に専用の遮光幕を設けたものもあり、そちらの方がレンズ設計の自由度は高くなる。反面メカも複雑化するので、痛し痒しといったところ。
アカレッテの方式は、高価なシャッター部品をレンズから切り離しているため、コストセーブの効果もある。反面、この時代の主流だった対称型広角レンズの設計には、どうしたって無理が出る。レンズ後群がシャッターに干渉するからだ。レトロフォーカス型広角レンズなら万事解決だが、それが普及するのはもっと後の話。
というわけで、アカレッテは望遠系交換レンズの充実した目測機という、なんとも矛盾したカメラになった。まあボディにアクセサリーシューの備えはあるから、広角にはそこに単体ファインダーを、望遠なら距離計を載せて使うのが、正しいお作法なのかもしれない。
とはいえこのカメラ、身軽さが身上の目測機としては鈍重な部類。操作の感触はフォクトレンダーのVITOなんかとかなり差があって、だから僕みたいな撮り方には、ちょっと不向きである。
僕がこのカメラを死蔵したもうひとつの理由は、手元にある標準レンズ(シュナイダー・クロイツナッハ製のクセナー45ミリ。他に前玉回転式のラヂオナーも用意されていた)が、あまり状態が良くないためである。細かい拭き傷が無数にあり、逆光にめっぽう弱い。日差しが強い日など、順光でも洒落になんないくらいにハレハレなのだ。
相性がいいのは薄曇り。軟らかい光に壁や地面の反射を組み合わせると、トーンがぎりぎりで残ったハレになる。ハレ描写は昔っから、ちょっと心象っぽい写真を撮るのに有効なテクニックだったけど、さいきんは「ゆるふわ」のブームで一気に普及した。デジカメ内蔵のフィルター効果でもお馴染みだ。
そうして誰もが苦労なくハレ写真が撮れる時代、わざわざカメラやレンズを選んで撮る必要もない気がするのだけど、そこは無駄を承知でやるのが趣味の世界。ここはひとつ「気合いと根性の入ったゆるふわ」を見せちゃろう、みたいな岸和田ノリで撮ってみた。
って、なんかやってることに根本的な矛盾と勘違いがある気もするのだが、写真趣味とはそんなものである。手元にはアカレッテ専用の望遠もあるので、続きはまたそのうちに。
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▲photo01:いつもの堤防で風に吹かれるユウコ二号。漁船を接岸係留するため新設された歩道がレフ板になり、光が綺麗に回っている。このカットは1メートルの最短撮影距離を越えて近接。ピント面(人物の少し奥に位置する)がどこにも無い甘口描写になった。見かけ上はそれなりに自然なので、これでも構わないと思う。
▲photo02:こちらは少し退き気味の撮影分から、約25%をトリミング。絞りF8、1/100秒。深めの被写界深度のためピントは来ている。レンズの解像感もそれなり、ただし低コントラストのネガからスキャンしたため粒状が荒れて見える。旧いレンズやキズ玉は面白い効果を出せるが、フィルムの画像資産のごく一部しか使えていないのだ。
▲photo03:高輝度反射面の少ない、傷玉に優しい条件で撮った「渾身の脱力写真」。光量は少なめのため、絞りはF4まで開いている。この程度に映っていればネガも普通と思わせて、実は。
▲photo04:こちらはニコンFE2で撮った「まともなネガ」を上とおなじパラメータで処理したもの。photo03の眠い描写とは真逆の、目に痛い高コントラスト画像になる。つまりアカレッテの撮影分はナローな階調情報をスキャナでエキスパンドしているのだ。当然ネガへの負担も大きく、それがphoto02の粒状荒れにつながっている。
▲photo05:今回のユウコ二号はメガネっ娘仕様。実はちゃんとした写真家。さいきんはiPhoneフォトグラフィーに凝っているらしい。余計なお世話だけど、もったいないゾ。
制作協力:山城優子
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