Appendix_01
一年近くも休眠して、たぶんもう誰もが忘れているだろうと、むしろ気を楽にしていた。
それでも奇特なひとはいるもので、メールやら言づてやら直接の言葉やら無言電話やらで励ましという名のお叱りが寄せられる。これはもう鉛の尻に火をつけてでも撮って書かざるを得ない。いやそんなことをしたら数少ない手持ちの服に穴があくので、せめて布団叩きで自分の尻を叩きに叩いて、どうにか再開にこぎ着けた。ちなみに僕の頭文字はMと違う。
もういちど暖簾をかけるにしても、こちら老舗でもなければ名店でもない。だから看板料理みたいなものはまったくないのだが、看板ムスメだったら負けないぞ。ではなくて、好きなように撮って書いているだけなので、まあ従前のような記事を載せるのならすぐに調子は戻るだろう。そう思ってこの春先から撮りはじめたものの、いざ書くだんになると筆がすすまず、書いては捨て、の繰り返し。暗闇からそう易々とぬけだせないところが黄泉比平坂なのだった。
そういう堂々巡りのなかで、尊敬する書き手から「好きなように書いてダメなら、やめてしまえばいい」という有り難いお言葉をいただき、なんとなく楽になった。そうして書き上げた話のなかで、写真機の噺をしなかったのは、それに飽きたためではなく、色の付くフィルターを外したいと思ったのだ。そのいっぽうで、やはり写真と道具のかかわりについて書いておきたい欲求に駆られるのは、たんにそういう性分なのだろう。
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▲photo01:「Three Fables~三つの寓話」のオフショット。撮影中にひとの往来が途切れるのを待っているところ。一種の忙中閑みたいなもので、こういうときにちょっといい表情が出る。被写体の立ち位置は本番用とおなじだが、カメラ位置とレンズの仰角、そして背景に写り込んだ人物で画面の雰囲気が一変する。
レンズは今回のロケで多用したウクライナ製ミール20N。趣味の写真をニコンで撮るときはたいがいバッグに入れてある。ただし使う機会はめったにない。いつも思うのだけど、人物を撮ったときに、もっと狭い画角のアガリと混ぜて違和感がないのは、たぶん28ミリくらいまで。それを超えた広角域では「全部それで通す」くらいの気合いが必要になる。なかなかそこまでの気力は無いのだが、いちど挑戦してみたいと思っている。
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▲photo02:こちらは本番用のアウトテイク。上とおなじ位置で、ひと通りが切れる瞬間を待って撮った。カメラ位置を下げて被写体を仰ぎ見ているので、画面下の両端で垂直が倒れ込む。じっさいに使ったものよりもカメラ位置が低く、被写体にはより近接している。画面構成としてはこちらが上出来で、ただ服の風のはらみ方がちょっと惜しい。けっきょく表情優先でこのカットは没。モデルのマユミさんも別カットを推していたが、そういう声に惑わされることはあまりない。僕は冷たい奴である。
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▲photo03:既出カット。レンズはやはりミール20N。20ミリという焦点距離はもはや特別でもなんでもないけど、ちょっとでも油断すると画面が崩れる。ここでも画面右の円柱の継ぎ目に強烈なパース感が出ており、これを人物とからめてどう処理するか。撮り手の逡巡は被写体の迷いにつながるので、笑って撮りながら微調整する。左の階段の水平がすこし傾いているのは意図したもの。たぶんこれで正解だと思う。
この場所で撮った写真はずいぶん前に富士フイルムのサイトに載せた。その頃にあった壁面の落書きは消されてしまって、むしろ廃墟感は増している。魔女の帽子はいぜんにプラハの旧市街で購い、ようやく小道具に使えた。この日は事前にマユミさんに帽子の写真を送って、そのイメージに合う衣装を選んでもらった。我ながらヒトヅカイが荒い。
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制作協力:クニトウマユミ
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