ディストーション(3)
ズームレンズ、特に焦点距離を広角側に拡張したものの場合、歪曲の現れ方は焦点距離によって大きく変わる。一般的に広角端では糸巻きまたは陣笠状に、そこからズームすると徐々に歪みは減っていき、長焦点側では樽形となるものが多い。この変化の度合いはレンズ設計のさじ加減で決まるので、歪みのない焦点距離をどのあたりに設定するか。そこに商品の狙いと設計者の見識を看ることもできる。
歪曲の悩みをかかえているレンズは、ズームだけではない。単焦点でもディストーションの完全補正がむつかしいものはあり、特に一眼レフ用で画角の広いレンズはこの問題を解決できずにいる。レリーズ時に跳ね上がるミラーを避けるため、レンズ設計に「レトロフォーカス」という構成を採り入れ(ざるを得なかっ)たからである。
もちろん今の製品は、ひと昔やふた昔前のそれに比べると、歪みはかなり少なくなっている(初期のズームや超広角が酷すぎたといえばそうなのだが)。非球面レンズや高屈折ガラス、そしてコンピュータ支援設計のお陰だそうだ。
どんなに知恵と工夫とテクノロジーを積み重ねても歪みは残る。そこでデジタル領域で補正するという荒技が編み出された。個々のレンズ情報をもとにして、撮影した画像データに逆の図形歪みをあたえてディストーションを打ち消してしまう。この方法ならどんな凶悪な歪みもたちどころに矯正できるし、画像の劣化もまず看取できない。厳密には「画像の改竄」ともいえるのだが、これはむしろ「あるべき姿に戻している」と考えるべきだろう。写真をレンズだけで撮る時代は、もう振り返るべき過去になったのだ。
しかし、それにしても、である。出来たらいいな、と思ったことが実現すると、途端に冷めてしまうのは自分の悪いところだと思いつつ、どこか割り切れない気分も残る。はたしてこの技術を前にした光学技術者は「これまでの努力はなんだったのだ」と机を叩いただろうか。それとも「これで設計が楽になる」と祝杯をあげたのか。
かのベルテレ先生なら怒り心頭のちゃぶ台返し、という気もするけれど、今は諸手を挙げるエンジニアが多いだろう。
そう、レンズ設計者にとっては、叩くモグラが一匹減っただけのことなのだ。
モデル:ERI
▲写真「リースを君に」:これも歪曲が残るレンズで。目立たないよう工夫して撮った。
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