M Returns / 03
大学とは、知の胃袋である。
情報を知識として吸収するだけなら、本屋とか図書館とか、今はネットにつなげた端末でじゅうぶん用が足りる。でも日がないちにち、パソコンの前に座っていたところで、学を修めることにはならない。
さまざまな情報を咀嚼して嚥下して消化して、そこから知識という栄養を取り出す。このプロセスを体系化したものが学問。大学とはそれを収容する大きな袋のようなもので、そしてどんなものでも食べられる、つまり「この世に学問にならないものは無い」と教えてくれる場所でもある。
といういつもの屁理屈を枕に、今回は学食である。せっかく本郷まで来たのだから、ほんとうは天井の高い図書館に大判カメラでも持ち込んで撮りたいところだけれど、これはまず滅多に実現しないと知っている。じっさいに天井が高いかどうかは、よく知らない。
天井が高いといえば、この大学にはそういう学食がある。あの講堂前の広場の地下にしつらえられた、まるで昔のスパイ映画のセットみたいな巨大ダイニングだ。いちげんさんと一緒にいくのならそっちがお勧め。でも英国趣味の旧い建物が好きなひとには、もっとcozyな場所がある。そういえば脊山さんも、大学で建築を学んでいたっけ。
というわけで、この日は学内随一の老舗の、奥まった座敷に腰を落ち着ける。昼夕の込み合う時間さえ避ければ、これくらい周囲に気兼ねせずに「お店をひろげられる」場所はない。畳の上にカメラをずらずら並べても、ノート機を開いて撮影データを取り込んでも、はたまた枝豆と解凍サンマを肴に一杯やっていても、誰も僕らのことなど気にも留めないのだ。
「ここ、階段とか廊下は旧そうですけど、中は普通なんですね」「うん。建物は戦前からあって、食堂は戦後すぐにできたらしいけど」「そういえばうちの父が、さいきん出来た学食はあまり好きじゃないって」「そうなんだ。子供の頃によく一緒に来た?」「いーえ、この大学の食堂に入るのは今日が初めてです」「ああなるほど、”東大もと暗し”か」
僕の高等な駄洒落に彼女が怯んでいたところに、学生と思しき若者が声をかけてきた。「脊山さんですね、いつも応援してます。頑張ってください」
ううむ、やっぱバレバレかあ。
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制作協力:脊山麻理子
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