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鵟の墜落(2) : メイキングセンス。by 中山慶太

鵟の墜落(2)

2014-09-21 | 東京レトロフォーカス別室

(C)  Keita NAKAYAMA

(C) Keita NAKAYAMA

コルスは地中海に聳えるアルプスである。

面積約八千七百平方キロの陸地のほとんどは険しい山岳地帯であり、島の中央には海抜二千五百メートルを超す高峰が連なっている。頂にきらめく白の雪冠は初夏にも残り、周囲の碧や群青と見事な対比をみせる。優美や神秘とは無縁だが、その始原を宿す佇まいは、とりわけ飛行士たちに人気が高い。

山塊から北東を眺めれば、海に寄り添うように横たわるビグリア Bigugliaという名の湖が目に触れる。南北およそ八キロの湖沼はウナギ漁で名高く、豊かな汽水は細長い陸地で海と隔てられている。狭い陸地を貫く道路はただ一本だけ。車窓に映る風景も変化に乏しい。だが空に舞う鳥の視線を借りれば、この土地は生涯心に遺るものになるだろう。

かつてこの湖のそばにちいさな飛行場が置かれていた。ボルゴ Borgo(コルシカ語で村落の意)の名に似つかわしく、滑走路は野原を区切ったようなありさまで、待合室もクラブハウスも見当たらない。急ごしらえの建物の屋根やテントの天蓋はカモメの糞で汚れていたが、ここを根城にするものたちは気に留めるようすもない。彼らは遠目の利くタカ科の鳥───つまり敵地を空からうかがう偵察機と、それを操る飛行士たちだった。

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その朝、島の空は晴れわたっていた。湖のそばの滑走路も地中海をわたる微風に撫でられ、海のかなたの戦場とは無縁とばかり、安寧な時のなかに漂っていた。とはいえこの土地も、ほんの一年たらず前までは別の国の占領下にあった。欧州の全土を巻き込んだ戦争はもうかれこれ四年も続き、このまま日常に組み込まれてしまうかに思われた。

ここに駐屯するフランス空軍第三三/二飛行部隊も、もとは南仏のトゥールーズに在った。そこにドイツ軍がやってきて、フランス本土はあらかたドイツに占領されてしまったので、部隊は北アフリカのアルジェに逃れて闘うことになった。アルジェの砂漠は部隊を消耗させたけれど、北アフリカの戦線もやがて終息し、部隊はサルディーニャを経てここコルスに進出することができた。

部隊のコールサインは「ドレスダウン」。英語を使うのは気が進まぬことだが、アメリカ軍の飛行隊に組み込まれているためやむを得ない。おまけに施設は間借り、機材も借り物が多く、任務にはイタリア北部への偵察飛行も含まれる。自由フランス空軍の兵士たちにとって、それは勝手口でパンを齧りながら、ときおり料理とワインを運ぶような仕事だった。

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無線機の前に陣取った気象担当士官は、先ほどから滑走路わきの吹き流しを横目に、天候の確認に余念がない。この日さいしょの偵察飛行は海をへだてた本土への往復、作戦任務はサヴォア地方グルノーブルとアヌシーの空撮である。内陸から寄せられた情報では、そのあたりの空に低い雲はないという。天候が変わりやすい山岳地とはいえ、昼までに飛べばドイツ兵たちの動きもあきらかになる(果たして彼らは撤退をはじめているのか?)。

滑走路脇の駐機スペースには銀色の機体が置かれ、カーキ色のシャツ姿の整備兵によって給油と点検を受けている。これは米軍から貸し出された単座の双発機で、機首には三桁の番号がステンシルで記されていた。ちなみにその数字がある短い胴体は操縦席のうしろで途切れ、プロペラやエンジン、それに尾翼は左右の細長い胴体の方に付いている。

その異形とはうらはらに、これは高く速く遠くまで飛ぶことができ、急降下にもよく耐える頑丈な機体だが、飛行士に技術と体力と集中力を要求する悍馬でもある。ゆえに米軍はこの機体の操縦士に「三十歳まで」という制限を設けていた。だがこの日の任務に就く飛行士は、その枠をとうに超えている。彼は四十四歳だった。

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