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鵟の墜落(3) : メイキングセンス。by 中山慶太

鵟の墜落(3)

2014-09-27 | 東京レトロフォーカス別室

(C)  Keita NAKAYAMA

(C) Keita NAKAYAMA

飛行士は墓地の草むらで身動きがとれなくなっていた。

さいしょはただ、花を摘むつもりだったのだ。それでイバラの茂みに分け入っているうちに、上着の片袖、ズボンの片裾というふうに、身体のあちこちを樹につかまれて動けなくなった。無理に解こうとすれば、全身かぎ裂きだらけだろう。

「やれやれ」と彼はねじ曲がった身体を眺めてひとりごちる。お前たち、そんなに私が気に入ったのかい。

「朝からきつく抱きしめてもらえて、嬉しいよ。でもそろそろその腕を解いてくれないか。今日は朝から、たいせつな約束があってね」

飛行士が片袖の刺を抜こうとすると、腕から首筋にかけて、鞭で打たれたような痛みが走る。それはたちまち全身にひろがり、彼は思わず悲鳴をあげた。

そのとき「おおい」と丘の麓から呼ぶ声があった。「今のは少佐ですね、どこにいるんですか」

「ジョーか」飛行士はどうにか息を継いで応えた。「助かった。手を貸してくれ、すまないが……」それが彼が出せたやっとの声だった。

**

「まったく、朝早くに姿が見えないと思えば」ジョーと呼ばれた整備兵は、掌に刺さった刺を前歯で抜いて、血のまじったつばといっしょに吐き出した。「墓参りついでに花摘みですか。私がここに来なかったら、どうなってたと思います?」

「たぶん、服を脱いでいたと思う」飛行士は苦痛にしかめた顔を、懸命にもとに戻しながら言った。「ヘビが脱皮するみたいにするりと脱げば、服を痛めずに抜け出せたはずなんだが。どうにも身体が言うことをきかなくてね」

「服なんか」飛行士と並んで歩きながら、ジョーは首を振って応えた。「かぎ裂きがいくらできたっていいじゃないですか。それで飛んでも、誰も見てやしませんって」

「いや、空のうえでも鳥が見てるよ。それに敵の操縦士もね……もっと高いところまで昇れば、きっと星の住人の目に留まるだろう」

「真っ昼間に星ですか」

「ああ。高度一万メートルを超えると、昼でもうっすらと見えるんだ。もっと高く、そう、倍ほどの高度まで昇れたら、夜空よりもはっきり見えるだろうな。でもそれはあの偵察機でも、無理らしい」

飛行士はそこで足下の丸い石をひとつ拾い、ジョーに向き直って微笑んだ。

「ねえ、どうだろう。もし私が三十キロ痩せて昔の身体を取り戻したら、二万メートルまで昇れるかな?」

「高度計の目盛りが足りませんよ」ジョーはそっけなく言った。「それと、単位はフィートを使ってください。メートル法はピンと来ませんや、少佐殿」

***

ふたりは墓地の真ん中に立ち、目の前の真新しい墓石と向き合った。そこには墓の主の名とともに、一年前の六月の日付けが刻まれている。彼はその日、アルジェの基地を飛び立ったまま戻らなかった。それは飛行士が部隊に合流して間もなくのことだった。

「旧いお仲間でしたか」帽子を手にしたジョーの神妙な口調に、飛行士は短く頷く。

「トゥールーズ時代からのね。逃げ足の速い、いい偵察機乗りだった。いや、私と違って、戦闘機に乗ってもいい仕事ができたと思う」飛行士は墓石の上に屈んでそっと石を置き、主に向かって語りかけた。

(すまない、今朝はバラを摘んでくるつもりだった。私が遠くに逃げている間も、アフリカで勇敢に戦っていた君のために。そして今も帰りを待っている、君と私の家族のために……)

「戦争が終われば」とジョーがつぶやく。「きっとこの墓も本土に移せますよ。あなたたちの母国はもう、目と鼻の先だ」

「そして君もテキサスの家に戻れる。そうだ、テキサスといえば」と、飛行士がそう言って空を見上げたそのとき、上空のカモメの群れが騒がしい声を上げ、ばらばらに散って降下をはじめた。

「おや、敵機来襲か」ジョーが目の上に掌をかざして空を見上げる。「あそこで旋回する鳥、あれはタカですか、それともトビ?」

「どちらでもないな」飛行士はきっぱりと言った。「あれはノスリだよ。どうやら餌を見つけたらしい。私たちも基地に戻って、朝食にしようか」

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