メイキングセンス。by 中山慶太

M Returns / 01

2014-07-17 | 東京レトロフォーカス別室

「この場所、子供のころの夢によく出てきたんです」

木漏れ日で斑模様になった道のとちゅうで、彼女はすこし遠い目をする。背の高い木立の隙き間に、褐色のタイルで覆われた壁面が覘いている。それぞれに意匠を凝らした建築の群れは、木々とおなじ齡を重ねながら、この日もそこにあった。

「夢の舞台にこんな場所を選べるなんて、またずいぶんと贅沢だなあ」深い考えもなく漏らした僕の言葉に、彼女は首を横に振る。いいえ、とんでもない。

「暗くて重たい感じの建物のあいだを独りで歩いて、どこまで行っても出口が見つからない。お家に帰れないんですよ。あれはすごく怖い夢でした」

たしかに子供の、それも女の子の目線でみたら、そういう印象を受けるのは無理もない。今の僕の目でみても、建物たちが纏っているのは威厳という名の鎧で、その内側に身動きのとれるゆとりなどなさそうだ。というより、それを望むことを厳しく戒めているようにも見える。

「そういえば、ここはずっとお父さんの仕事場だったんだね」

「ええ、だからよく遊びに来たんですけど、いつも迷子になりそうで怖かったのかも」

そんな話をしながら、脊山さんと僕は武蔵野から続く台地の東の果ての、緩やかな斜面に沿ってつくられた大学の構内を歩いていた。この前におなじ道を辿ったのは、もう十一年も前の、やはり初夏のこと。あれからなにかが変わったのか、それともなにひとつ変わらないのだろうか。

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制作協力：脊山麻理子