アダージェットを君に (1)
いつものように約束の時間に遅れた僕が扉を叩いたとき、館の広間では祝宴の準備が進んでいた。その日はこの宿の長女の、ちょうど二十歳の誕生日だったのだ。
うまい具合に、クルマのトランクにはシャンパンがケースで積んである。前の週にパリでワイン関係の仕事があって、その撮影に使った余りだった。といっても、この北イタリアの宿にたどり着くまでの間にだいぶ減ってしまっていたけれど、手土産として面目の立つ数は残してあった。
いつものように約束の時間に遅れた僕が扉を叩いたとき、館の広間では祝宴の準備が進んでいた。その日はこの宿の長女の、ちょうど二十歳の誕生日だったのだ。
うまい具合に、クルマのトランクにはシャンパンがケースで積んである。前の週にパリでワイン関係の仕事があって、その撮影に使った余りだった。といっても、この北イタリアの宿にたどり着くまでの間にだいぶ減ってしまっていたけれど、手土産として面目の立つ数は残してあった。
実家にカタナがあった。スズキのバイクではなく、日本刀である。父親が居合いの練習用にと購ったのだが、時を経ずして鑑賞刀と成り果てた。昭和男の風変わりな玩具はあいにくと家族に受け入れられず、不肖の息子もただの一度きり振っただけ。深紫の袋に収められ床の間の飾りと化した得物の、その後の行方は杳として知れない。
彼女の63歳の誕生日に書き終えるつもりではじめたこの連載も。気がつけば足掛け半年以上。読んでくださる方がいるかも不明のまま、そろそろひと区切りをつけないといけない。書こうと思えばいつまででも書いていられるような気がするし、一生つき合っていける音楽だとは思うけど、それではただの独り言になってしまう。
編集者不在をいいことに、思いついたテーマを並べていたら、すこしお店を広げすぎてしまったようだ。このサイトでは僕がそのときに興味を持ったことを書きたいように書いているのだけど、アクセスしてくださる方には読みづらいに違いない。ちょっぴり反省して、なるべくまとめて書くようにしよう。
で、EOS 7Dの続きである。
推理小説に「安楽椅子探偵」というジャンルがある。椅子に座ったまま事件を推理する、つまり犯罪現場の実地検証や関係者への聞き込みを省き、「又聞き」の情報だけで解決する。そういう快刀乱麻を断つがごとき名探偵が主人公のお話だ。
趣味の世界でも、これと似たような遊びはできる。過去に起こった出来事、存在した人や物について、散らばっている情報をかき集めてその出自を推理する。推理するのは勝手だけれど、小説と違って正解には決してたどり着けない。それは、どんなことであれ、真実とは当事者の心の中に秘められているものだからだ。
そして人の心は移ろいやすく、不確かなものである。
二十世紀を代表するピアノの巨人、スヴャトスラフ・リヒテルの名が西側で知られたのは、一枚のレコードがきっかけだった。件のラフマニノフに先立つこと一年前、1958年にブルガリアの首都で録音された「展覧会の絵」の実況録音である。
ムソルグスキーの原典版であるピアノ譜を使った演奏は、それまでポピュラーだった編曲版(リムスキー=コルサコフによるピアノ編曲、またはラヴェルによる管弦楽編曲)に慣れ親しんでいた音楽愛好家にとって、まさに驚天動地といえるもの。軽やかな導入部「プロムナード」から大団円ともいえる終結部まで、猛スピードで軽々と弾いてのける技巧の冴えもさることながら、随所に聴かれるその奥深い感情表現は、半世紀が過ぎた今でもまったく色褪せることがない。
ちなみにその終結部は、リヒテルの生誕国であるウクライナの首都、キエフに造られるはずだった巨大建築をモチーフとしている。
正月早々にちょっと暗い知らせを受け取ったので、リヒテルのラフマニノフを聴きながら原稿を書く。コンディション万全には程遠い楽器で録音されたという、あの大傑作だ。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番は、先のトリノオリンピックでフィギュアスケーターの村主章枝さんが、フリーの演技に使ったことでも知られる。そこで使われた音源を確かめようと、映像を何度か見直したけれどよく分からない。かなり強引な編集がなされているからだ。
でもあの時の彼女の演技はこの曲の詩情と劇性を視覚化したような美しさで、僕にとって生涯忘れがたいパフォーマンスだった。
デジタルの仕事が一段落して、撮り溜めたフィルムの整理をしている。
フィルムの弱点、というかデジタルに比べて不便な点は、撮影結果の確認に時間がかかるところだ。以前はそれを不便と思わなかったのだが、アタマのなかで水が低い方に流れてしまったらしい。
僕の場合、趣味の撮影はネガカラー主体で、現像は近所のミニラボに持ち込んでいる。以前は絵柄とピントの確認のため同時プリントを依頼していたのだが、用済みプリントの処分に困って「現のみ」に切り替えた。これで出費は半減したものの、手間はますますかかるようになった。
黒丸尚さんが亡くなって十六年になる。
たいがいのひとがそうであるように、僕も黒丸さんの仕事は訳文で知ったひとりだ。強い印象を受けたのはその破天荒な文体、なかでも「ニューロマンサー」の訳出には、参った、降参だ! と声を上げざるを得なかった。
作者ウィリアム・ギブスンが創造した主人公のキャラクターは、黒丸さんのあてた「凝り性」という言葉と、それに振られた“アーティスト”のルビだけで、生命を持つ結晶体のような存在に高められたと思う。あの当時、僕らはこうしたテキストならぬ断片情報の連なりを視覚で追いながら、作品世界にダイブしたのだった。