曇りのトマト(4)
過日、知り合いのジャーナリスト氏から相談を受けた。いわく、新調したデジタルカメラの画像がどうにも気に入らない。その理由を問い質していくと、どうやら「見た目よりもハッキリくっきり写り過ぎる」という、いささか贅沢な悩みである。
SLEDGEHAMMER
想像していたほど大きくはなかった。怖れていたほど重くもなかった。だが、そのカメラは、僕がこれまで使ったどんな一眼レフよりも、密度が高い。そういう印象だった。
有効画素数2130万画素、画素ピッチ9μmのダルサ製CCDを搭載、RAW記録時のファイルサイズ35MB。今となっては驚くほどの数字ではないが、5年ほど前のデビュー時には「ライカ判デジタル」とは次元の違うスペックだった。中判デジタル、というより、スタジオ用デジタルバックに使われるイメージャを、拡大コピーした一眼レフに無理矢理詰め込んだカメラ。それがマミヤZDである。
曇りのトマト(3)
「分かるひとには分かる」言葉がある。別の言い方をすれば、分からない人には分からない。職人の世界で使われる符丁なんかは、その分かりにくさのハードルを意図的に高くしたもの。つまり一種の暗号である。
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曇りのトマト(1)
「大丈夫。私が晴れさせますから」。撮影日を決める電話を、脊山さんは最後にそう力強く宣言して切った。雨を「降らせる」とは言うが、晴れに助動詞をつける人は珍しい。
まだ梅雨のさなかの、7月初旬のことである。
寡黙なレンズ
物静かなレンズというものがある。売り場で最前列に並ぶことは滅多になく、どんなカメラボディに着けても目立たず、写真を撮ってもさほど特徴がない。主張がないわけではなくて、小声で喋るために、耳を澄ませないと聴き取りにくいのだ。









