写真嫌い

2010-04-24 | 東京レトロフォーカス別室

Natura-S / Super EBC Fujinon 24mmF1.9 / Reala ACE / (C) Keita NAKAYAMA

Natura-S / Super EBC Fujinon 24mmF1.9 / Reala ACE / (C) Keita NAKAYAMA

小雨まじりの夕刻に帰宅したら、家の前に男の子が立っていた。
訊けば、おなじ階に住んでいる友だちの家を訪ねたのだが、どの家だか分からなくて困っている。たぶん近所の小学校の同窓なのだろう。友だちの名字を聞いても、その家が廊下のどのドアなのか、僕にもよく分からない。都会の集合住宅では三軒も離れると、もう見知らぬ他人なのだ。
一階の郵便受けまで一緒に降りて世帯名を確認して、また一緒に戻ってその家の呼び鈴を押しても応答がない。そこで「今日はもう帰って、また明日訪ねておいで」と言って聞かせると、素直に頷いて帰っていった。
ちいさな背に手を振って、自室のドアまで戻ると、さっきその子がほんとうにそこにいたのか、なぜだか不確かな気分になる。写真に撮ったら、ちゃんと写ったのだろうか。

あの内田百けん*なら、話はここから現実とも幻視ともつかぬ方向に急転落していくところ、僕には散文的なことがらしか思い浮かばない。想像力の欠如は、文章にも写真にもすぐに出てしまう。
思い浮かんだのは、見知らぬ子供にレンズを向けることの是非である。そこにどれほど絵になる情景があったとしても、それが今はどうにも憚られる。
近所の小学校など、駅に出るにも買い物に行くにも、僕はその脇の道を通る。これが登下校時と重なると、通るたびに写真的な情景と出っくわす。そこで辛抱たまらずカメラを取り出したら、どうなるか。物陰から飛び出して僕を取り囲み詰問する保護者との想定問答が、ぐるぐるとアタマを巡って、しかも結末はいつも決まって悲観的だ。これって誰かが僕を陥れようと仕組んだ罠なんじゃないか。

などと、被害妄想っぽい想いにとらわれていたのはもうだいぶ以前の話。さいきんはそういうことで悩むこともなくなった。路往く子供たちは相変わらず魅力的だけれど、そこで写真を撮ったとしても、求めるものは滅多に写らない(であろう)ことに気づいたからだ。そういえばいぜんにあれほど撮っていた街頭スナップも、このところまるで撮らなくなった。
けっきょく、自分が被写体になにを求めているのかといえば、それは「写真を拒絶する意思」である。撮られたくない時、撮られたくない相手には頑として首を横に振る。撮られた写真も、意にそぐわぬものは発表を拒否する。そういう被写体の自意識をあの手この手で突き崩して、なんとか譲歩を引き出して、そこから写真がようやくはじまる。はじまらずに終わることもあるけれど、それはそれで仕方がない。

そういえば、僕のまわりの写真家には「写真嫌い」がけっこういる。自分で撮るのは好きだけど、撮られるのは苦手というタイプ。実は僕もその口で、ごく偶に被写体を頼まれれば返答に躊躇する(いつもの自分の所業に照らしてなるべく断らないことにしている)し、レンズの前に立つと顔が強張る。それで照れ笑いする自分が情けない。
「それって、因果応報ってことだよなあ」などとひとりごちながら、とりとめの無い話の結びをさがしていたら、ドアの外で子供の声がする。ゆうべのあの子がまたやってきて、友だちとおしゃべりをしているのだろうか。
ドアを開けたらそこに誰もいなかった、という落ちを期待しつつ、今日はここまでにしておこう。

*注:内田百けん(うちだひゃっけん=「百けん」のけんの字は門構えに月)は昭和の小説家、随筆家。幻想的な作風で知られる。戦後ごく初期の掌編「サラサーテの盤」に目を留めた鈴木清順は、文庫版で僅か二十頁足らずのこの話を145分の幻視絵巻に拡大、「ツィゴイネルワイゼン」の名で公開した。

*******************

▲photo:しばらく見ぬ間に、また以前のふっくらした顔立ちに戻っていた写真嫌いの写真家ユウコ。立ち話しながら無遠慮に写真を撮って、別れた後にケータイで「いちばんブスっぽい写真を使うけど、いい?」と聞けば「どうせみんなブスっぽく写ってるでしょ!」。女の子の勇気には逆立ちしても敵わない。
感度100を詰めたナチュラSはいつものように抜群の表現力。レリーズのタイムラグもわりあいに小さく撮りやすい。

Special thanks to YUKO.

Trackback URL

------