Portraits (4)

2010-01-08 | 東京レトロフォーカス別室

Nikon FE2 / Mir-24N 35mm F2 /  Reala ACE / (C)  Keita NAKAYAMA

Nikon FE2 / Mir-24N 35mm F2 / Reala ACE / (C) Keita NAKAYAMA

正月早々にちょっと暗い知らせを受け取ったので、リヒテルのラフマニノフを聴きながら原稿を書く。コンディション万全には程遠い楽器で録音されたという、あの大傑作だ。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番は、先のトリノオリンピックでフィギュアスケーターの村主章枝さんが、フリーの演技に使ったことでも知られる。そこで使われた音源を確かめようと、映像を何度か見直したけれどよく分からない。かなり強引な編集がなされているからだ。
でもあの時の彼女の演技はこの曲の詩情と劇性を視覚化したような美しさで、僕にとって生涯忘れがたいパフォーマンスだった。

天才ピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテルは1915年に東欧ウクライナの古都で生を受けた。祖国は彼が生まれた時にはロシア帝国の一部であり、その二年後に起きた革命で独立を果たすも、やがてソビエト連邦に吸収される(ちなみに僕はこの国の名を「ソヴィエト」と書いてきたけれど、ハバロフスク帰りの友人によれば、これは「ソビエト」の表記が適切なのだそうだ)。

第二次大戦中、ウクライナは激戦地となり、リヒテルの生地である西ウクライナや、のち家族とともに移り住んだオデッサの街も戦火に包まれ破壊される。だが若くして天賦の楽才を認められたリヒテルは、大戦勃発前にモスクワの音楽院で学び、ソビエトが戦争をはじめた(ヒトラーが独ソ不可侵条約を一方的に破棄して侵攻した)後もモスクワに留まって音楽活動を続けたため、戦禍を免れた。だが彼の父親は敵国ドイツの出身で、息子ともどもソビエトに帰化しなかったため、当局によって逮捕・銃殺されてしまう。

戦火が去ったその数年後、ウクライナの首都キエフの工場にドイツ製の光学機器製造設備一式と、大量のカメラ部品が運び込まれた。それはもともとドレスデン近郊のイエナに置かれていたカール・ツァイス社のカメラ製造部門のものであり、ソビエトは戦後賠償の一環としてそれを接収したのだった。
この工場「ザヴォート・アルセナール」では、そのツァイス製コンタックス(戦前のレンジファインダー機、コンタックスII型およびIII型)に「キエフ」の名を冠して生産した。社会主義体制のもとであるから工場はもちろん国営で、その製造ラインには民生用カメラの他、軍用に供される光学機器が多く流れていた。戦前ドイツの光学技術は世界の水準を遙かに引き離すものであり、ソビエトはそれを吸収するためにツァイスの設備を持ち去ったのである。

リヒテルは戦後もモスクワに居を構え、自身の祖国や亡き父親の母国と離れたところで「大ソビエト」の文化振興を担って活動する。彼の名は乏しい情報とともに西側に伝えられてはいたけれど、その驚くべき才能が明らかになるには、かつての敵国ドイツの熱心な申し入れに当局が折れ、録音を許可するまで待たねばならなかった。

Nikon FE2 / Mir-24N 35mm F2 /  Reala ACE / (C)  Keita NAKAYAMA

Nikon FE2 / Mir-24N 35mm F2 / Reala ACE / (C) Keita NAKAYAMA

1959年、東西の緩衝地帯ともいえるポーランドで実現したレコーディングセッションでは、ドイツ・グラモフォンが持ち込んだ機材(おそらくテレフンケンのレコーダーとノイマンのマイク)で数曲の録音が行われた。今聴き返しても素晴らしい演奏ばかりで、なかでも地元のオーケストラと指揮者を起用したラフマニノフのピアノ協奏曲第二番は、さまざまな悪条件にもかかわらず、未だこれを凌ぐものを見つけるのがむつかしい。西側におけるリヒテルの声望を決定づけた、まさしく奇跡的な名演といえるだろう。

いっぽうで、リヒテルの祖国ウクライナでつくられるカメラは、ソビエトの他の地域でつくられるそれと同様に、戦後永らく西側には幻の存在であり続けた。音楽などの純粋芸術と違い、写真機などは工業技術を背景にしていたため、そこにはどうしても越えられない壁があったのだ。
(この項続く)

*******************

▲photo:ウクライナ・アルセナール工場謹製の35ミリSLR用レンズ、ミール24Nで撮る。僕はこのレンズをニコンFE2に付けっぱなしにしていて、この数年で外した回数は両手の指で数えられるほど。といっても大騒ぎするほど良く写るわけではない。ただ何となく気持ちのいい写真が撮れる(ような気がしている)ので、使っていて飽きないのだ。FE2ボディとのバランスもいい。
上はスキャナの設定でコントラストを高くしたもの。初期のデジタル機的な(というよりトイカメラとミニラボ機風?)極端なパラメータを与えたため、レンズの持つ階調再現性は完全に失われている。下はネガカラーのラチチュードを最大限に使って階調を与えたもの。ここでは露出を変えたスキャンデータを複数枚合成している。万人向けの適正値はたぶんこの二枚の中間にあるはず。以前の僕は下のような階調感優先の画像をつくっていたけれど、さいきんは上のような処理をすることも多くなった。

Special thanks to MAYUMI.

Trackback URL

------