Deprecated: Assigning the return value of new by reference is deprecated in /home/users/1/gloomy.jp-kono/web/nakayamakeita/wordpress/wp-settings.php on line 520

Deprecated: Assigning the return value of new by reference is deprecated in /home/users/1/gloomy.jp-kono/web/nakayamakeita/wordpress/wp-settings.php on line 535

Deprecated: Assigning the return value of new by reference is deprecated in /home/users/1/gloomy.jp-kono/web/nakayamakeita/wordpress/wp-settings.php on line 542

Deprecated: Assigning the return value of new by reference is deprecated in /home/users/1/gloomy.jp-kono/web/nakayamakeita/wordpress/wp-settings.php on line 578

Deprecated: Function set_magic_quotes_runtime() is deprecated in /home/users/1/gloomy.jp-kono/web/nakayamakeita/wordpress/wp-settings.php on line 18
Three Fables(1) : メイキングセンス。by 中山慶太

Three Fables(1)

2014-05-17 | 東京レトロフォーカス別室

Nikon FE2 / Mir-20N 20mm F3.5 / Speria X-TRA 400 / (C) Keita NAKAYAMA

Nikon FE2 / Mir-20N 20mm F3.5 / Speria X-TRA 400 / (C) Keita NAKAYAMA

ヒキガエルの卵を避けて歩いていたら、魔女が現れてこう言った。

「お前さまはどうやら善い心の持ち主らしい。褒美に望む場所につれていってやるわえ」

「それなら」と僕は風向きの変わらぬうちに希望を告げた。

「なんと、地球に戻りたいとな。あそこはもう誰も棲んじゃいないし、戻ってもすぐに死んじまうよ」

「どうせ僕らは皆、この星では長く生きられません。だからこの身体をあの土に還してやりたいんです。たとえ汚れた土であっても、そこからなにか芽吹くかもしれない」

「ふうん、まあいいじゃろ。ついでじゃから、あタシもしばらくつき合ってやるとしよう」

魔女はそう言って杖をふった。

***

移民星で伝え聞く話とちがって、地球にはまだ緑と青い空が残っていた。

「ほんとうにこの河原でよかったのかえ。お前さまが生まれた家とか、通った学校とか、何処にも見あたらんが」

「ええ、ここでいいんですよ。ちょっと土手沿いを歩きたいんですが、あなたはもう戻らないといけません」

「あタシなら平気だよ、この星の空気をどんだけ吸い込んでも」

僕と魔女はつれだって河原の路を歩きはじめた。

土手沿いを上流に向かって辿ると、そこに何本かの橋がかかっている。青いペンキの水道橋と電車の鉄橋、そして古びた灰色の車道橋。なんのひとつも変わらないように思えて、でもここに響いているのはさわさわという音だけだった。

「葦の穂先が触れあう音って、じつは今日はじめて聴いたんです。いぜんにここを歩いたときは、静かな日でも聞こえなかった」

「それは人間が要らぬ知恵をまわして、妙な道具ばかりつくるからさ。要らない音が集まる場所では、恋人同士も声を張り上げるだろ」

「けっきょく、そういう音が積もりに積もって、ここを要らない星にしちまった。そうじゃないかえ」

Nikon FE2 / Mir-20N 20mm F3.5 /  Speria X-TRA 400  / (C)  Keita NAKAYAMA

Nikon FE2 / Mir-20N 20mm F3.5 / Speria X-TRA 400 / (C) Keita NAKAYAMA

「手っ厳しいですね。でも、道具に洗練を求めるひともいたんですよ。あなたのその杖のように」

「おや、あタシのこれは只の杖だよ。曲がりっぷりの好いトネリコを見つけて、宿られた樹からひっぺがして乾かして芯をくり抜いて、そこに一角獣の角を仕込んだだけのものさ」

「……じゅうぶん無駄な凝り方をしてると思いますけど。魔法に杖は要らないんですか」

「魔法なんて無いんだよ。じっさい、あタシら魔女のやることときたら、人間にたわいのない夢を観させるだけさね」

「それって催眠術? それなら僕の身体は、まだあの移民星にあるんだ」

「まあそういうこと、この風景はお前さまの心の風景だわ。でもね」魔女はこちらを横目で睨んで言った。

「たった今その河に入って水に潜れば、息ができずに溺れるよ。それとおんなじように、この星の汚れた空気は、じんわりとお前さまの身体を蝕む。ここにいるなら、肝に銘じておくことだ」

「つまり仮想現実の粒子と電磁波が肉体に作用するわけですね、なるほど」僕は意味不明の理屈で納得した。

***

車道橋の手前に来たところで僕は小走りをし、そうしてある場所で立ち止まった。

「ええ、この緑の斜面です。あのときとまるで変わっていない。でもこれは僕の記憶だから、当たり前ですね」

「うんにゃ、足りない部分はあタシが補間してやってるんだわ。古服に継ぎ当てをする、あの要領さ」

「どこが継ぎ当てか、ぜんぜん分からないなあ」僕は鞄からカメラを取り出した。

「いぜんにこれで撮った写真があれば、分かるかもしれない。見たものぜんぶを覚えてるひとも、まあいないでしょうけど」

「記憶を道具に任せて、それで安心して忘れちまうんじゃろ」

「いえ、人間は忘れることで心の平穏を保つんですよ。思い出をみんな機械に入れてしまえば、よぶんな感傷に浸らずにすみますからね」

Nikon FE2 / Mir-24N 35mm F2 /  Speria X-TRA 400  / (C)  Keita NAKAYAMA

Nikon FE2 / Mir-24N 35mm F2 / Speria X-TRA 400 / (C) Keita NAKAYAMA

「機械のなかの記憶かえ。それは幽霊みたいなもんじゃわな」

「ギルバート・ライルの”ゴーストインザマシーン”ですね、人間の心と身体はつながっているという。でも写真のゴーストは別の意味だし、道具に撮り手の心は宿らないと思うな」

「宿る宿らぬは心がけしだいと違うのかい」

「ああ、そうかもしれません。ところで僕の身体が今、ここと離れたところにあるのなら、今ここにいる僕も幽霊ですか」

「あタシがみたところ」魔女は眼を細めて言った。

「あの星で見かけたときは幽霊みたいだった。この星に戻ったら生き返った。つまりお前さまは、もうずっと心のなかでしか息をしていないということさ」

河面が午後の光を反射し、そのなかで何かが跳ねた。だが魚もそれを補食する鳥も、ここにはもういない。たぶん補間された映像だろう。できたら、もっと別のものを見せてほしいのだが。

「……じつは僕がこの土手を歩いたそのしばらくあとに、移民星への移住がはじまったんです。それで親しいひとがべつの星に棲むことになって」

魔女はとつぜん眉根に皺をよせ、僕の言葉をさえぎって言った。

「つまりこの河原は、お前さまのとっておきの思い出の場所というわけだわな。そんなら満足がいくまでここで過ごすといいよ。あタシはもう戻るから」

「満足がいくまで、ですか。それって幾日でも居られるってことですか。それとも何時間、何分?」

「心の時間は夢の時間なんだよ。お前さまの身体が星で寝返りを打つあいだに、ここでは半日経っているかもしれないし、半年か、ことによったら百万年過ぎているかもしれない」

「すべてはお前さまの心の有り様、汚れた空気を吸ってまで生きようとする気持ちがあるかないか、それで決まるんじゃわ」

僕は土手の斜面をゆっくりと降りて緑の床に腰を下ろした。一陣の風が吹き付け、後ろからの声が聞こえた。

「ここでじゅうぶんに過ごしてまだ息をしているようなら、ヒキガエルの精に迎えにくるよう言付けておくよ」

振り向くと、そこには背の高い雑草が揺れているだけだった。

***

制作協力:クニトウマユミ

Trackback URL

------