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FUJI FinePix X100(6) : メイキングセンス。by 中山慶太

FUJI FinePix X100(6)

2012-08-28 | 東京レトロフォーカス別室

FinePix X100 / Fujinon Super EBC 23mmF2 / F2 1/15sec. / ISO800 / (C)  Keita NAKAYAMA

FinePix X100 / Fujinon Super EBC 23mmF2 / F2 1/15sec. / ISO800 / (C) Keita NAKAYAMA

その二文字を目にしても胸は騒がず、もはや心も躍らない。
今よりも物事をずっと素直にとらえていた頃は、それを備えた人やモノに対する、強い憧れがあったのに、だ。他ならぬ「万能」の二文字のことである。
学業万能の秀才、スポーツ万能の人気者。クルマなら水陸両用とか、空想兵器なら空飛ぶ潜水艦とか。なんだか喩えが古くさくて申し訳ないのだが、まあそういう対象に夢や憧れを持たなくなったのは、価値観が変わったからか。または、小金を投じたスイスアーミーナイフが、爪を研ぐ程度の役にしか立たないことを知った、あの時からか。
そう、「デキ過ぎた奴」にはたいてい、面白味がない。面白くなければ、つき合っても仕方がない。

そんなことを考えたのは、以前に撮ったX100のアガリを眺めていたときのこと。写真は撮影後にしばらく寝かせておくと、熟成されて味わいがより深くなる。なんてことはまったくなくて、むしろ粗(あら)が目立つようになるものだ。
これは別の言い方をすると「観る目に客観性が宿った」のだけど、その裏を返せば、撮った後しばらくは、ファインダーを覗いた印象が強く残っている。だからものすごく主観的な目で観てしまう。フィルムで撮れば、現像という程よい冷却期間が入るのだが、デジタルは意外に「醒めるのが遅い」。

それで、どういう粗が目についたかというと、画面の切り取り方が半端なのである。普段の自分だったら、もう少し寄るところを、微妙に退き気味に撮っている。そういう写真がけっこうあるのだ。寝かせていた間に、自分のなかの画角感覚が変わったのだろうか。

FinePix X100 / Fujinon Super EBC 23mmF2 / F2 1/15sec. / ISO800 / (C)  Keita NAKAYAMA

FinePix X100 / Fujinon Super EBC 23mmF2 / F2 1/15sec. / ISO800 / (C) Keita NAKAYAMA

しばらく眺めてみて、理由に思い当たった。これはつまり、トリミング前提で撮ったのだ。レンズ一体型のカメラを使う場合に、特に人物などを「もっと大きく写したいけれど寄りたくない」ときに、緊急避難措置として使う手である(よくよく考えなくても、前回のキャプションにそう書いてあった)。

なぜ寄りたくないのかといえば、被写体のパース感にデフォルメを加えたくないことがひとつ。これは何度も書いているので省略して、もうひとつは、被写体との間合いの問題だ。
まあこれも、説明できそうでいてウマく言葉にできないのだけど、おなじ人物を撮っていても寄った方がいいときと、そうでないときがある。野生動物に近づく場合に、逃避距離を量りながらそっと歩み寄る、みたいなものかもしれない。

この写真を撮ったときの理由はどっちだったのか、まあどっちにしても大した問題ではないのだが、もしカメラのレンズが交換できたら、間違いなくそうしただろう。おなじフジのカメラなら、X100の上位機種、X-Pro1ならそれができる。今から買うならそっちだろうか。

いや、モノの価値はそう単純なものではない。レンズ交換ができるとか、ズームで焦点距離を変えられるとか、そういう便利さを追求していくと、カメラの接頭辞に「万能」が付いてしまう。それが役に立つ局面もあるにせよ、引き換えで失うものも必ずある。X100について言えば、ある部分の機能性を切り捨てたことで得た機動性は、X-Pro1でもけっして及ばないところなのだ。

FinePix X100 / Fujinon Super EBC 23mmF2 / F4 1/15sec. / ISO800 / (C)  Keita NAKAYAMA

FinePix X100 / Fujinon Super EBC 23mmF2 / F4 1/15sec. / ISO800 / (C) Keita NAKAYAMA

上位機種他が出た今でも、僕はX100を高く評価している。ここでひとつ注文を書いておくと、有効画面の一部を切り出して撮る「クロップ機能」を50ミリの画角で積んで欲しい。クロップ時にはOVFにフレームを追加、EVFは倍率を変える。これで後処理のトリミングに頼らずに済むし、これだけの変更なら、さほどコストをかけずにできると思う。

万能より単能、足りない部分は使い手がカバーする。そういうX100には、これからも趣味性を大切にした成長を期待したい。

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▲photo01:微妙に半端な写真の例。この場合は撮影倍率よりもカメラ位置が気になる。前後のカットにはもっと下げたものがあり、背景はそちらの方が印象がいい。ただし人物のポーズに対するカメラ位置はこちらのカットが上。ということは、撮影時に背景より人物を優先していた? いやたぶん「肩の曲線に見蕩れて全体を見ていなかった」のだ。
そういう出来不出来は別として、カメラの画像品質は圧倒的。レンズの良さはもちろんだが、トーン再現の滑らかさ、画像設計の巧さにフィルムメーカーならではの「匠の技」を感じる。
JPEG最大サイズ・最高画質で記録。シャッター優先オート、フィルムシミュレーション=ASTIA、WB=太陽光、DR=200%に設定(以下共通)。

▲photo02:上とおなじ撮影距離で撮った別カットから、画面の約25%を拡大。デフォルトのフルサイズ換算35ミリに対し、こちらは中望遠の画角になる。こういう2焦点切り替えがカメラ内部でできれば、単なる緊急避難を超えた使い勝手の良さが得られるはず。有効画素数の減少については(僕は気にしないが)画素補間でカバーできそうだ。
強めの街灯の真下で、コンクリート舗装の路面をレフ代わりに撮った。これで瞳にもキャッチライトが入る。普段は大人のユウコ1号は、ときおりこういう表情を見せる(僕には滅多に見せてくれないけどね)。

▲photo03:熱帯夜に扇風機。このカットでは広角レンズのパース感がよく分かる。人物の顔と膝の上に置いた掌の距離は40センチほどだが、それでもこれだけ遠近感が強調される。おなじ構図でこれを殺すには撮影距離を長めに取って、撮影倍率を上げるしかない。つまりレンズの焦点距離を長くするか、トリミングで拡大するかのどちらかだ。このカットにはこのパース感も似合うのだが、広角レンズでの人物撮影は注意すべきポイントが多い。

Special thanks to YUUKO MIYAZAKI.

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