曇りのトマト(1)
「大丈夫。私が晴れさせますから」。撮影日を決める電話を、脊山さんは最後にそう力強く宣言して切った。雨を「降らせる」とは言うが、晴れに助動詞をつける人は珍しい。
まだ梅雨のさなかの、7月初旬のことである。
国文法と科学の裏付けに不安があるにせよ、彼女の強気にはそれなりの根拠がある。僕と組んだロケ撮影で、傘が必要だったのは、なんとこれまでに一度っきりなのだ。この春の撮影では、朝に出がけの道路が霙(みぞれ)で白くなっていて、流石にこれは、と思ったら昼過ぎからド快晴。ちなみにその朝のテレビでは「雨のち曇り」の予報が出ていた。
撮影日、待ち合わせの駅で「ね、晴れたでしょっ」と微笑む脊山さんとは、この8年ほど一緒に写真を撮っている。でもこうして二人でカメラを提げて歩くのは、けっこう久しぶりである。
この日に二人で持ち寄ったカメラは全部で6台。脊山さんは愛機レチナと、サブカメラのスーパーバルダマチック。僕はFE2+レンズ三本とミノルタALとローライコード(これは浜松の池田信彦さんから拝領したもの)。それと何故か、中判デジタルが一台。全部合わせた目方は、散歩写真に許容できるリミットを超えている。
八百屋さんで買い物をしたのち、海が見えるピッツェリアでお昼をしていると、窓からの外光がすこし弱くなってきた。露出値に換算するとマイナス3EVか。これはひょっとして、撮影中の超晴れ女ジンクスが崩れるかも、と、詰めたばかりのISO100を抜いて、400を詰め直す。デジタルばかり使っているひとに、こういう芸当はなかなかできまいふっふっふ。ってそれ、負け惜しみだなあ。
ジンクスが崩れるのは残念だけど、実は愉しみにしていたこともある。そういう空模様のためのスペシャルなカメラを、この日は持参していたからだ。
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制作協力 脊山麻理子
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