ディストーション(5)
レンズの性質は、かならず撮影前に確認しておく。これは美味しい部分をなるべく積極的に使うため、ではなく「撮った後で愚痴をいわないため」である。
真面目な話、写真に写ったレンズの長所なんて、撮影者がジマンしない限りほとんど誰も気付かない。だから綺麗なおねえさんの睫毛を「ミリ何本」のテストチャートみたいに数えるために、三脚でカメラと被写体を固定するのは意味がない、どころか写真を駄目にすると思う。こんなことを書くと石が飛んできそうだなあ。
まあそれを言い出したら欠点もおんなじで、直線が多少歪んでいても「言わなきゃ気付かれない」ことの方がずっと多い。もし欠点を指摘してくださる奇特な方に巡り会っても「いやあ、気付きませんでした」とアタマを掻き掻き破顔一笑。ソウイウヒトニワタシハナリタイ。
いやいや、機材論を精神論にすり替えるのは僕の駄目なところだ。すり替え無しの本音で「高性能はお金で買えるけれど、低性能は知恵が回らないと補えない」と言い換えよう。無い袖は振れない代わりに、無い知恵を振り絞る、それこそが旧い写真機遊びの醍醐味ではないか。振っても絞っても猿知恵しか出ないことも、しょっちゅうあるけれどね。
ディストーションのチェックはむつかしくない。格子状の物体に正対して撮るだけなので、1ミリも面白くない代わりにサルでもできる。雑誌やWebの簡易テストを真似て、ご自宅のタイル外壁を撮るのもいいだろう。
外壁はタイルだが左官屋の腕にギモンがある、という向きは物干し竿でも鉄柱でもかまわない。これを画面の長辺に沿わせて撮るだけで、歪曲の出方はほぼ掴める。ズームの場合は焦点域を適当に分割して撮っておこう。
ただしここで注意しておきたいのは、レンズによっては撮影距離で歪みの出方が変わるということ。これはあまり知られていないのだけど、たとえば無限遠で無歪みのレンズが最短距離では軽い樽形、なんてことがよくあるのだ。ディストーションに限らず、光学製品の性能データは無限遠で取る(=この状態で最高性能が出るよう設計する)のがお約束なので、近接でどうなるかは自分でチェックするしかない。
「そんなの、いちいち覚えてられない」確かに。ズームレンズなどでパラメータを細かく変えてデータを取るのは面倒だし、結果を記憶するのはもっと面倒だ。でも心配ご無用、撮影距離を変えても樽形が陣笠に転じることはまずない。歪みの現れ方はいっしょで、その度合いが変わるだけなのだ。
それなら撮影時にファインダーでチェックしてもいっしょだろうって? いや、それは止めておいた方がいい。特に旧いカメラの場合は。
モデル;野口早依子
▲写真「正対する正午」:戦前ツァイスの傑作、ゾナー50mmF1.5。ベルテレ先生入魂の名玉だが糸巻き状の歪みはかなり目立つ(ベンチの背もたれがたわんでいるわけではありません)。これはおなじ設計を転用したニッコール50mmF1.4も、旧ソ連製ジュピター3も、現行のコシナ製ゾナーCもまったくおなじ性質だ。
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