世界の1/3 (4)
「無人島に持っていく○○」という決まり文句がある。○○の部分には小説や音楽を入れるのがお約束だけど、さいきんはゲームソフトなんかでも構わないらしい。
「AC100Vが供給される無人島って、いったいどんな島だそれ」みたいな突っ込みは、この手の話には禁じ手である。なぜならこのフレーズの元ネタは、英BBCのラジオ番組「Desert Island Disks」だからだ。番組は1942年の放送開始から現在まで、毎回ひとりのゲストを呼び、無人島に持っていくレコード(今もCDとは言わない)を問い続けている。つまりその無人島には電源があるのだ。
その電源のコンセント、じゃなくて番組のコンセプトはというと。「トツゼンですがあなたは絶海の孤島に流されることになりました。戻れる保証はありません。この先一生付き合っていきたい○○を選びなさい」という、一種“究極の選択”を迫って、ゲストの人となりや人生観を浮き彫りにしようというもの。ちなみに持って行ける○○は音楽が8曲、書籍が(聖書とシェイクスピア全集以外の)一冊、そして贅沢品がひとつ許される。
さて、もしも自分がこの番組に呼ばれたらどうするか。ウケ狙いで思い切りIQ低そうなセレクションを披露する、という手もあるけれど、相手は名にし負う長寿番組のプレゼンターだ。浅薄な思いつきなど瞬時に見透かされてしまうだろう。といって大真面目に答えたところで、薄っぺらな人格はバレバレだけどね。
まあ僕がゲストとして招かれる可能性はゼロ以下なので、悩む必要はまったくない。でもひとつハッキリしているのは、無人島に持っていくのは自分がいちばん好きな音楽とは限らない、ということだ。
あのブラジルの巫女の歌声も、きっと家に置いていくことになるだろう。
1988年に発表されたアルバム「マリア Maria」は、マリア・ベターニアの長い芸歴のなかにあって、ひときわ眩い輝きを放つ傑作だ。シンプルなタイトリングが暗示するように、ここには彼女の音楽世界をつくるさまざまな要素が凝縮されている。その生命感と瑞々しさは、まるで雨のあとに凛と立つ巨木の、たくさんの葉から滴り落ちる水のようだ。
アルバムの内容はジャケットデザインにもよく顕れている。広大なアフリカの草原で何かに駆け寄る少女のモノクロ写真。差し伸べた手指の長さから、これは超広角で撮って左半分をカットしたように思えるけれど、彼女が待ち焦がれたもの、求め続けた答えが、このディスクにはぎっしりと詰まっている。そんな期待をかき立てるアートワークである。
そして音楽は、その期待を遙かに上回る素晴らしさなのだ。
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▲photo「海潮音」:波打ち際で彼方から呼ぶ声に耳を澄ます。
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